新食魂島

王様は裸です、と叫びたい夜。

猫狩り族の長を再考してみよう

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もうあれから2年もたつのかと戦慄を隠せないが、月日が経とうと、この作品、引いては麻枝准の評価が変わることはない。クソだ。

ただ、この作品のラストに関しては少しかんぐることができたので、改めて記事にした次第である。

 

まずはこの作品のラストは、とてつもない尻切れとんぼである、というのが通説だ。熱心なファンでもそこは認めるところではないだろうか。

悲劇的な別れをした二人が再開することなく、作者の分身たる十郎丸は何か満たされながらでもあるが死を迎えるのだが・・・

私が今、再度考察をするに、再会を書かなかったのではなく書けなかったとするべきだと思う。

 

十郎丸という人物は、作者の分身で

 

「誰からも理解されず」

だから

「自己をうまく肯定できず」

「孤独である」

 

という思想の元、描かれている。

ところが作中では己が好きだと時椿に告白されひどく揺れることになる。

 

つまり

「誰からも理解されず」

だが

「己を認めてくれる存在がいる」

だから

「自己を肯定することができて」

「孤独でない」

 

という状態になる、なるはずだった。しかし二人は引き裂かれた。

 

もし二人が再び出会うシーンがあるのなら、最終的に十郎丸は後者の状態になることになる。

しかしそうはならなかった、そうはしなかった。

なぜか?

おそらく「作者が今現実にそういう状態でないから」である、と私は考察する。

この小説はほとんど私小説である。

作者がもし、肯定的な状態であるのなら、そういうエンドにしていただろう。

しかし、そうせずこのようなエンドにしたのは

 

①己を認めてくれる存在がいない

②理解されずとも肯定されることが本意ではない

③自己肯定はできているが、うまく言葉にできなかった

 

のどれかではないだろうか。③はあまり考えにくいが。

①は真に孤独である、といえるが、彼のファン向け小説でこんなことを主張するだろうか?

②に関しては私にもよくおぼえがあるので共感しやすい。

私という人間はADHD自閉症の特徴をよく反映している、いわゆる気難しい、何考えてるかわからないと思われがちである(そうであると感じる)

今でも、世間話でどこかしらズレた感想をしたり話題の転換が奇妙だったりするのだから、小さいころなど悲惨である。

知覚統合の低さからくる、運動能力の低さは、スキップができないという形で反映されたし、不注意のもたらす物忘れや時間感覚の乏しさは、他人に借りた鉛筆をなくさせたり、スキー教室でのスキーゴーグルの持ち帰り忘れ、遅刻大臣などなどとろくな思い出がない。

産まれてこの方自分の考え方が、他人に理解されたことなどない。お前は変だ、お前は変だと言われ育ったようなものである。

そんななので、私は理解という概念にある種の諦観を抱いている。この先の人生でもそれは変わらないだろう。

しかし「理解できない」でも「あなたのことは認めるよ、という人物に関しては、常に追い求めている。

通常の人間に理解できないをお互いに理解しあう、という概念はないようで、理解できないのなら断絶してしまえと考えるのが世の常のようだ。

 

雑にいうのなら

「お前意味わかんねえな」

「こっちも意味わかんねえよ」

「もうしょうがないなー」

「それな」

「「HAHAHA」」

といったところだ。私はこれを作者も望んでいると感じている。だからこそ時椿が何も理解していない、理解できないまま自身の分身である十郎丸を肯定しようとしたのではないか。

 

この小説の悪いところは、話が進んでいても、お互いの心理になんら変化がないまま、唐突に心変わりしたような展開になるところだ。というか作者原作のアニメは心理描写がいい加減すぎる。もう少し話の流れというものを大事にしてほしい。

 

ただ、もし今回の説が通るのなら、この作者は精神的に弱い。だからこそ、同じような弱弱しい人間に響くのだと、作者の他作品に対しても肯定的な見方を私がすることができるのかもしれない。

 

でもAngel Beats!は問答無用でゴミ。

最近の遊戯王がひどい

いつも通りだべだべな入りをしたいところだが、そんなことがどうでもよくなる、それが今の遊戯王のひどさである。

アルカードは1年以上買ってないし、マスターデュエルもそこまでやっているわけでもないが、間違いなく言える。

ひどい。2022年産のカードはことごとく忌み子と言われているが、まさにその通りである。

 

カードゲームというのはリソースの奪い合いである。もちろん盤面を無視したバーンデッキや、特殊勝利デッキもあるが、基本的には相手の出したカードに対してうまい対応をしてそのカードを破壊する、そして相手に被害を与えるというのが基本的な概念だ。

そして出すカードというのは

①展開を広げるためのカード

②展開した後の相手を制圧するカード

③サーチなどの展開を助けるカード

に分類できる。

 

①のカードは③の助けを借り、手札やデッキ、プレイヤーに与えられた権利の回数といったリソースを消費し②に当たるカードを出したり、①と③を兼ねるカード(得てしてそういったものは出すためのコストが高い)を新たに展開する。

今回のカード分類のうち、①と③の組み合わせは基本的に相性の良い組み合わせだ。場を調えながらさらに強いカードを出すことができる。

②と③の組み合わせも強い。制圧できても相手に返される可能性がある以上、再度展開できる下準備をしておくのは重要だ。

遊戯王においては罠カードにこの傾向がみられる。カードとして場での役割を終えた後、墓地で改めて発動できる効果を仕込んであることが多々ある。

①と②は考えればすぐわかる、相性が悪い。

 

さてどんなに強いカードもデッキに眠ったままではただの張りぼてである。

どんなに強力な罠でも仕掛けなければ意味がないのと同じだ。

遊戯王では2つの方法でデッキのカードを有用札にする。

1つがサーチ、〇〇というカードをデッキから手札に加えるといったようなカードだ。

最近のフィールドカードはこの効果が付随されていることが多い。

カードの指定は、名称指定(〇〇と名前の付いたカード)の形で成されることが多く、自由度が高いほどコストが重くなる。

 

もう一つは直接墓地に落とすことである。

遊戯王においては墓地は第二の手札と言われるほどで、デッキからカードを直接場に出すカードよりも、墓地からカードを戻すカードが圧倒的に多いため、墓地にカードを肥やすという概念は非常に大切なのである。

 

では最近の遊戯王を鑑みてみよう。

まずはクシャトリラである。

このカードは自身を1度しかない召喚権を使わずに出すことができ、起動能力でクシャトリラという名を持つモンスターをサーチ、そして緩い条件での除外能力を持っている。

クシャトリラというデッキはこのカードの他2体のクシャトリラモンスターからデッキの動きだしが始まる。

つまりこのカードは最初に挙げた①の展開をするためのカード・・・だけじゃないんだな。

2つ目の効果で③の展開を助けるカードとなるのは火を見るより明らかである。

そして3つ目の効果で②の最終的に相手を制圧するためのカードにもなる。

 

つまりこのカード1枚で何でもできてしまう。そして先ほども言ったようにこれと共通の召喚条件をもつ類似カード(こいつほどはえぐくない)が存在する。ばかかな。

さらに、強いカードのストッパーにもなる「1ターンに一度」という縛りがなぜか最初の効果にはついていない。ばかかな。

しかもこのカード、魔法やこのカード自身の効果でサーチできてしまうので、一度このカードをどけてもすぐにこのカードを出されてしまう。ああもうやだ。

さらに最後の効果も強力な効果のわりに発動の制約がガバガバだ、というかないに等しい。

 

というかこのカードをみてくれ。

 

失敬、間違えた

こいつはクシャトリラより前の発売だが、クシャトリラと同じ召喚条件、そして実質使い切りの破壊効果持ちだ。

一応ダイナレスラーというカテゴリには属しているが、このカテゴリはこいつ以外ナメクジである。

いやしかし、この強さでノーマルなのやばい。このカードは強さを認められ


制限カードに登りつめた。

クシャトリラはこいつが3体いる、というかこいつよりつよいのだから、飽きれてしまう。

 

さらにカテゴリ単位の問題で、遊戯王というゲームはエクストラデッキという、ざっくりいうと出すのに条件があるが、条件さえそろえばいつでも場に出せるカードを入れるデッキがあり、基本的に強力なカードを置かれているのだが、このカテゴリはそこにさえ、干渉できる。

あまつさえクシャトリラと名のつく罠カードは手札をみて除外できてしまうものがある。

さらにさらに相手の場を使えなくするモンスターもいやがるんだ!

 

どういうことかというとこいつらが干渉してくるのが、フィールドはもちろん、相手のリソースという根源的なところにまで広がっているということだ。

「出しても破壊すればいい」ではなく「出させなければいい」なのでカードゲームとしてはこれはもう破綻といって過言でない。

 

次にティアラメンツを。|

こいつも問題児。

メインデッキのティアラメンツは共通効果が一番最後の効果で、墓地に効果で送られると、墓地のこのカードと融合召喚に必要なモンスターと融合することができる。

融合で出てくるモンスターはどれも凶悪で、②の展開の最後にふさわしい制圧札を出すことができる。

この効果には問題点があって、デッキに戻すことで、リソースを補充することができてしまう。

最初の効果は自身を場に出したり墓地におくったりなどの展開補助の効果に、共通の3枚墓地にカードを送る効果を持つ。

この効果でティアラメンツが墓地に送られると、後半の効果が発動し、融合召喚が行えるというわけだ。ちなみにメインデッキに入るティアラメンツは4種類・・・のはず。

この後半の効果を発動させるために、イシズカードと呼ばれるカード群と共謀したデッキが大暴れした。

なぜか後攻のプレイヤーが先攻のプレイヤーが展開、制圧する前に展開してしまう、俗にいう「後攻0ターン目」が存在する。意味が分からん。

 

この融合体だっておかしい、というかこいつが一番おかしいんだよ!

最初の効果でカードサーチ、または融合が行えるし、真ん中の効果ならまだ出した時に発動する能力を使っていないカードとこのカードを入れ替えることができるし、真ん中の効果で墓地に送れば、墓地肥やしときたもんだ。

最初に挙げた①と③の能力、②の制圧能力はないけど、こいつ起点に出てくる奴が強いから問題なし、そもそも1枚で何アド稼ぐつもりだ。

 

こいつらの最大の問題点は、融合効果でデッキに戻すからリソースが全然減らないせいで、強い奴を除去しても次のターンにまた出されているだってリソース回収しながら展開するからだよ。

 

なんか強いカードだしたら手札やデッキそのもののリソースが減る、そんな当たり前の挙動をあざ笑うかのようなゾンビっぷりは旧来のデッキではとても太刀打ちできない。

 

 

遊戯王はありとあらゆる形でインフレしてきた、それは間違いない。そして数多のミスを犯してきた。征竜という反省すべきものも存在した。

それでも、同じ轍は二度と踏むことなんてなかったはずだ。

今何回踏んでんだよという感じだ。

征竜はカード単体のパワーはもちろん、リソースが本当に尽きないというヤバさがあって、十二獣はエクシーズ召喚のルールを破ったせいでどうしようもないし。

それでも反省するならまあ・・・と思わなくもないのに!

なんだよスプライトって!しれっとニビル対策してんじゃねーよ!(ギガンテックスプライト)お手軽に制圧すんじゃねーよ!

 

最近の遊戯王はアドバンテージの取り方が全部おかしい。旧来のデッキなんぞ、塵芥だ。

好きなデッキを擦っても、アドバンテージの概念が違いすぎてまるで勝てる気がしない。

地道に弓矢を作っていたら、バズーカを打ち込んでくるのが今の遊戯王だ、やってられるか。

推す ということ

最近では推し活なる言葉があるそうで、自分の好きなキャラクターやアイドル、バンドなどを追いかける、時にはライブにいったり、グッズを買ったりと言ってしまえば今までのファン活動の概念を推し活という言葉に置き換えただけのようだが、まあ若者言葉というのはそんなものだろう。

私もオタクの端くれとして、日々推し活をしているわけだが、たまに過度の批判にさらされることで推し活を辞めてしまうということを話しに聞く。

残念な話だ。

しかしその人がしてきたことは本当に推し活だったのだろうか。

 

私の中の推し活とはこういうことである。

天牌についてアレコレ語るブログ 天牌名台詞集:41巻まで から拝借)

 

つまりほれ込んだなら最後まで心中しろよということだ

お隣の天使様 VS 白聖女と黒牧師

まず初めに謝罪させていただきたい。

お隣の天使様にいつの間にかダメ人間にされていた件(以下天使様)と白聖女と黒牧師(以下聖女様)の対立煽りみたいなタイトルをしているが、私の中では明確に答えがでていて

 

天使様はキモイ、聖女様は好き

 

である。この記事ではどうして私は天使様はキモく感じ、聖女様は好きと思ったのかを自分のために深堀りする、いわゆるヒトリゴトである。恥ずかしいこと聞かないでよね。

 

まずこの二作品の共通点はお清楚系、お姫様系のヒロインと朴念仁の主人公を有し、それ以外のキャラは基本的に賑やかし要因であるということだ。

天使様の書籍版発売に当たってイラストを担当したのが聖女様の作者である和武はざの先生である(これを知ったのはツイッターでの会話だったが)

天使様第一巻の発売の後、聖女様の方が人気を博し和武先生が忙しくなったため天使様二巻の発売の際には現在のはねこと氏に代わっている。

 

そう言われてみると、天使様ヒロイン真昼と聖女様ヒロインセシリア様の類似点は多い。

ニーソかタイツか、どっちがいいかという議論は不毛だ。どっちもかわいい。

というか、両作ともヒロインに関してはなんら問題はない、と思う。多分それは私がむくつけき野郎だからであろう。萌えアニメなんてものはキャバクラと同じで、女の子に対してどうこういうのはナンセンスだ。

 

そして野郎だからこそ、天使様の主人公に関しては気持ち悪さを感じ、聖女様の方には良さを感じたのだろう。

 

聖女様の主人公、ローレンス君について語ろう。かと思ったが彼に関しては不愉快さを抱くことはあまりない、ということだけを共有しておきたいだけなので語るのはやめた。大事なのはそこじゃない。

ところで、ローレンスと書くのは面倒なので、セシリア様の彼の呼び方であるローレンと書こうかと思ったのだが・・・

作中において彼をローレンと呼ぶのはセシリア様だけ、つまりこれはセシリア様だけの特権である。それを私のようなおっさんがその呼び名を使うのはセシリア様の好きな人を少しでも独占したい乙女心を踏みにじるものがあるので、少々面倒ではあるがローレンスと表記したいと思う。

 

ローレンスと天使様主人公周(あまね)君との違いは立場である。

立ち位置は、ラブコメ主人公なのは同じ。

周君が高校生であるのに対しローレンスは牧師。

実はここで大きく違ってしまっている。

言ってしまえば、周君はリアルよりの人物、ローレンスはファンタジーよりの人物だということだ。

聖女様世界では、そもそもメイン枠であるセシリア様が聖女という神からの天啓を受けた存在だし、天使や精霊、といったものもある。

文化レベル的には18世紀くらいを思わせるのに、平然とパフェを売り出す店があったりする(アイスクリームや生クリームの存在を考えるなら19世紀ほどの発明と推察)し、衣装のデザインがなにか新しさを感じるものだったりする、いわゆるファンタジーだからあんまキニスンナ的オーラが漂っている。

言ってしまえばぽわぽわだ。

一方周君はリアルサイドの人間で、彼の精神性を想像するとき、我々は我々の価値観が周君のそれと一致していることを期待する。

言ってしまえばリアリアだ。

 

以前何かのレビューで「現実的な事を書きたいのかファンタジーを書きたいのかのフィクションラインがわからないせいでどう楽しめばいいのかわからない」的なことを言ったのだが、言ってしまえばこれもそうである。

 

周君と天使様がしている恋愛関係というのは、高校生がするには踏み込みすぎていると思う。やっていることがあまりにリアルと乖離している。寮暮らしでもなく一人暮らししている高校生という時点でなかなかかっとビングだ。

いうなれば高校生らしくない、昏い関係というか(これはアニメ序盤の雨の雰囲気が強いのかもしれない)気が合うから付き合わね?でもない、もっと踏み込んだ夫婦的な関係を構築しようとしているように思える。生々しいという表現がピタリとくるだろう。

しかし実際の二人は子どもで、うまく関係を作ることができない未熟さを内包しているわけだ。

そうなると未熟なくせにカップルより深い関係の夫婦のレベルの関係を作ろうとするちぐはぐさが生まれるのではないか。おかわいいぽわぽわの関係のくせにやっていることがリアリアすぎる。

それが私が天使様に気持ち悪さを抱く理由なのかもしれない。こんな爛れた性の臭いさせてないで、ガキはガキガキしててほしいという歪んだおっさんの願望だ。

 

もしこの二人が高校生でなく大学生ならまた視点が変わったのかもしれない。

しかしこれを高校生でやるというのなら別のリアリティを持ってくる必要があったように思える。

子供らしからぬ達観をしているのは片方だけにして、もう片方を子どもっぽくすれば

ーと+でバランスの取れた0に近づくのではないか。

 

聖女様の方にはそれはない。部屋で二人っきりになればどきどきするし、見ていて中学生か!と言いたくなる、おかわいい恋愛模様だ。性の臭いが全然しない。

かわいいぞかわいい。

 

でも実は亡きフレデリカに懸想し続けるギーゼルベルトが一番のお気にかもしれない・・・・

 

え、フレデリカうえしゃまなのキレイすぎない?大丈夫急にやべー女にならないよね?

え、音楽川田さん?こんなの心ぴょんぴょんするじゃない

MTG(2023/4月スタン):ヤーグルシュート

ぶっちゃけた話記事なんか書くつもりはなかった。

ちゃんと考えて作ったとはいえ、こんなふざけたデッキをクソ真面目に解説するのは面倒極まりなかったからだ。

だがしかし、ヴェズーヴァの漂う者のデッキが知りたいのに、どう検索してもそれについて記述があるブログやnoteがヒットしない。するのは通販サイトのページだけだ。

そうこうしているうちになんかむかついてきた。こいつは面白みの塊でジョニーであれば誰しもが食いつきたくなる魅力にあふれている。

こいつ自身について話すと、3マナ飛行2/4の3/2にやられないほど良いサイズにいつでもトップを見ることができる効果。

そしてそのトップのカードのコピーになることができる能力。墓地ではなくデッキトップを仕込まないといけないので、それができるカードが限られているのがネックだ。まあ墓地のカードコピーとかは強すぎるし妥当だろう。

真面目な話になればモダン以下で「引き裂かれし永劫、エムラクール」を用いて有色プロテクション滅殺6を4ターン目に叩き込むのがもっとも強い使い方だろう。レガシーまで行けば「渦巻く知識」で簡単に仕込みをすることができる。

・・・いや、レガシーだと2ターン目にコピーではないエムラクール本体が速攻をもってぶんなぐってくることもあるのでうん。

えてして下環境で強いカードと言えるのだが、下環境だとこいつを出すこと自体がリスクとなりかねないので難しいところだ。

だからと言ってスタンでは使えるカードが限られているのでこいつを使わずとも素直にそいつらを出せばいいとなってしまう。

しかし、こんな魅力的なクリーチャーを黙って見過ごせるほど私の中のジョニーは穏やかではない。

 

それはそれとして、もう一つ最近のスタンダードで私の心を揺さぶってくる存在がいる、それがこいつだ。

こいつを見た時私に電流が走った。でかい、デカすぎる。こいつはなんの能力も持ち合わせてない普通に殴ればただのでくの坊である。

しかしでかい。でかいというのは大事だ。きちんとこいつの手綱を握っていれば問題ない、例えば他のカードでトランプルを付与する、それだけで相手が大体死にかける。こいつの訳の分からない一撃は突然の死を思わさせられる、つまり相手がブロックを差し出さないと死んでしまうので間接的な除去札になるともいえる。

無理やり評価してるみたいだが、そうしたくなるのがこのヤーグルとムルタニというカードなのだ。

 

そしてジョニーの中では面白い+面白い=超面白いで、面白い×面白い=宇宙である。ヴェズーヴァの漂う者とヤーグルとムルタニの二枚は私を月まで吹っ飛ばしてくれた。

 

さて、デッキ紹介にうつる。

やることはひどく単純である。

秘密を掘り下げるものを変身させて17点にしてヴェズーヴァの漂う者で飛行ヤーグルとムルタニ作って18点パンチ。

手札に来てしまったガチャの当たり組は吸血鬼の復讐の血トークン、安堵の火葬の手札捨てで墓地に送る。斡旋屋一家の劇場はデッキトップを変えたりボトムに送ったカードをめくりやすくするために。マナ基盤も安定する。早いデッキには2点ダメージカードで焼いて対処。

除去札を秘密を掘り下げる者に切らせて本命を出す。ミレックスがあるのでワンチャンクロクサとクロノスが素だしできる。なんでミレックスが二枚もあるかというと、こともあろうにシールドで貴重なジェムを割ったのに、レア6枚中4枚が土地というラビッシュプレーをかましてくれたからだ。

よしんばコピーができず、試合が長引いてもオリヴィアから墓地に貯まったカードを出すことができ、ガルタとマーブレンに至っては自身が吸血鬼なので完全蘇生である。12点トランプルとしてだけの運用になる(横に何かが並んで能力が使えることはまずない)が、十分な働きを見せてくれる。

ところでパワー12というのはガルタの素のパワーであるがマーブレンの分はどこにいってしまったのだろうか、乗ってるだけなのだろうか。

下支えは本当に偉いので、除去が怖ければ最短の3ターン目ではなく、土地を4枚置いてからにすると精神的に安定する。

デッキを掘るカードが10枚入っているが、見つからないときはガチで見つからないし、デッキトップを変えられるだけ偉いと考えておくと精神的に安定する。

 

さあこれで君もグルルシャーゲフフガフゲコするのだ。

晴れる屋からデッキリストをインポートするのだ。

www.hareruyamtg.com

 

最後に。あれないの?これないの?とかは多分もうアリーナ資産を使い果たしてしまっててクラフトできない可能性もありまする・・・欲を言えば兄弟仲の終焉入れたいしね3点ないと焼き切れないこともあるので・・・

グランドスラム改:パイオニア(MTGデッキ紹介)


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以前投稿した、グランドスラムは個人的満足度No.1のデッキではあるが、サイドプランというのをしっかりと考えてなかった。(サリア一体で完全にドン詰みなのに気づいたのはこの記事作成中のことである)

確実に「上級建設官、スラム」や「語りの神、ビルギ」に対して除去が執拗に飛んでくる、というのは分かりきっているので、除去態勢を付けられなおかつそれを置いてくことでマナを払わず対応できる「無私の救助犬」や「タッサの神託者」へのカウンター対策に「沈黙」を入れ、わずか程度のずらしに「僧院の導師」を入れていた。

しかし、メインデッキの出来の良さに浮かれてしまったせいか、サイドボードを真剣にいじろうとは全く考えていなかった。

そんななか僧院の導師が再録されることになった。

なんだこのハゲ!?全然かっこよくねえぞ前のイラストの方が導師っぽいぞ!という人もいるとかなんだか。

・・・どっちにしろハゲには変わりない。ありがとうウィザーズ、うっかり髪を生やすという暴挙しなくてありがとう。

それはともかく、こいつがスタンで使えると聞いて白単でなんか組んでみるか、と思った。思ったのだが、白1マナのクリーチャーがkszknmkzしかいない上に、こいつの能力を誘発させるにふさわしいスペルもないのでその案はお蔵入りとなった。

しかしこのハゲというのは面白い存在で、

 

①自身も果敢でムキムキになる(おう)

トークンを並べられる(いいね)

トークンも果敢を持ってる(おかしい)

 

マジックにおけるハゲはやりおるマンというのは定説だが、このハゲも例外なくやれるハゲだ。初登場時のスタンでも暴れたらしい。

このカードの特色はスタンをトップにヴィンテージをボトムとしたとき、下に行けば行くほど輝くという点だ。ハゲだけに。

ヴィンテージでは制限カードにも関わらず1枚でデッキアーキタイプを作り上げるほどで、もはやこれは最強のハゲといっていいだろう。

そのくせ、2023年のスタンではピッタリと合うカードが少なく、それはパイオニアでも同じようで、採用の実績というのを私はとんと見たことがない。

そう考えると、私はこのハゲに愛しささえ覚えてきた。お前は本当はやれる男なんだ、輝ける舞台がないだけなんだ、いいぜ残りの毛もぶっ飛ばす勢いで俺がお前を真のハゲにしてやる。

 

とはいったものの。白1マナの強化スペルをいくら撃っても連打できないとこいつのスペックは活きない。そしてシステム上の大問題として、トークンは速攻をもたないから、トークンはいっぱい出したいけど、出すと次のターン果敢を誘発させる呪文がなくなるという点がまるで解決不可能な難問だった。リソースを使えばリソースは減る。当たり前の話だがそれではこいつは立ち行かない。

キャントリップ・・・赤の攻撃補助的なスペル、青のドロースペル、以前試した感じだと無限に気持ちよくなるにはかなりの運が必要だった。

しかし、この激しいジレンマはグランドスラムをいじる、という名目のその完成度に酔いしれていた時のことである。

実は以前組んだ時に入っていた、「変異の波」というカード。

相手のカードも戻せるので決して悪いカードではないのだが、青のダブルコストという点が、土地を消化した後「霊体のヤギ角」で青ダブルをねん出する6マナ分の稼ぎが必要なのがものすごく引っ掛かっていた。

 

なんか都合いいカードないかな、と探していたら出会ったのがこれだ。

 

横でみづらい。日本語に直すと、雲遊+萍寄(うんゆう+へいき)というカードだ。へいきのほうはひょうきとも読むらしい。ちなみにどっちの読みを使っても通常の変換では出てこないのでクソ面倒だ。

なんと白と1マナで自分のカード限定だが好きに選んで戻すことができる。なんだこれ完璧じゃないか、ヤギ角自体のキャストで1マナがでるので都合3マナ分のビルギ捻出があればいい。完璧か。

使用用途は雲遊だけになるだろう。でもそれだけでない使い方もできそうなのが魅力的だ。

早速私は晴れる屋のデッキ検索の項目に赴き、登録しておいたレシピを改造した。ついでにかなりキツキツだった土地を見直した。(なんであんなにひどかったのかはわからない)。

 

そして先ほどまで話していた僧院の導師をこのデッキのサイドボードから生かせるように改造した。

www.hareruyamtg.com

 

それがこのレシピだ。

まずサイドの15枚、4枚は僧院の導師で確定だ。

ゲームプランがビートダウンになるので、ライフダメージを詰める「爆片破」も4枚、

こいつはあえて最小限サイチェンで相手のサリアをぶっとばすのに使える(だろう、なんせ一人回し用に作ったデッキなので対戦相手の存在はあまり考慮してなかった)

 

2枠は雲遊+萍寄を追加することにした。

軽く戻せて二枚引けば4マナ帯で2回打てるので、

残った5枚だが最初は「アーティファクトの魂込め」、トークンがさっさと殴れる+

パンプ目的に「授業初日」を入れていた。

「授業初は、基本的に撃つタイミングがなかった、気持ちよくなるとトークンが1ターンで10体並ぶようなマナに余裕があるシチュエーションでしか撃てず、カードの仕様上先打ちする必要があるが、そうするとトークンが5体くらいしか並ばずそれでも強いけど役に立たないときの方が多かったので外した。

 

魂込めはビートダウンと相性はいい・・・のだが、おそらくそれなりにキレイに回った場合、大量のトークンを並べられるのに魂込めしたのを戻すのはもったいないような気持ちにかられるし、手札に導師があって次のターン出して、装備品をだしトークンを並べようとするために、装備品を出し渋ると、魂込めしても召喚酔いしてて殴れないデメリット、メンタルダメージを考慮しさらにスペースが15枠しかない以上外さざるを得なかった。

 

まず第一に僧院の導師が引けないとなんかわけのわからない装備品をだしてスラムでいっぱいドローしてるだけのおじさんになってしまう。かくなる上はドローソースに頼るしかない。

選択肢は3つ、「安堵の再会」「身震いする発見」「信仰の繕い」

 

①安堵の再会 マナ拘束が一番緩い、打ち消されたら血を吐く。

 

②身震いする発見 マナは拘束されるが、打ち消されても手札が死なない。ライフ回復    

         も偉い。

 

③信仰の繕い 引いてから捨てられる。青マナを消費するのがなんか引っ掛かる。フラ 

       ッシュバックつき。

 

カードの性能だけでいえば信仰の繕いが一番強い。ただメイン戦において青マナを消費するのは逆説的な結果を撃てる回数を減らしかねず、なによりビルギから生み出されるマナは赤限定なので、土地が全部寝ている時に打てないのがとても厳しい。

 

第二に、ビートダウンをするうえでは、導師のトークンも強いが、トークンを並べる際の装備品投げによる果敢をもう少し生かすべきだということだ。

すなわち先置きしておける果敢クリーチャー、ということで僧院の早槍を採用している。

 

実際に回した感じだと

2ターン目スラムを出す→装備品をだして導師を引きにいく、持っているのなら温存→3,4ターン目には導師をだして装備品を並べる、3体はトークンを並べたい→「逆説的な結果」や「雲遊」でカードを回収し装備品を再び投げ果敢を6回くらい誘発させる→4体くらいで30点くらいパンチ

 

大体6キル、理不尽に強ければ4キルになる。大体サイド前のコンボとキルターンは変わらないので安心。

いい感じに回る確率は、導師を引ける確率とほぼ同じ、引ければ大体強い。

 

いかがだろうか?みんなももっと狂おう

 

最新記事追記。

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2023年4月におけるポケモンシングル環境の閉塞感

まず初めに、ダブルもシングルにも共通してい言えることが一つある。

 

パーティパワーが弱いとマジで何もできない。

今までのポケモンより確実に実力ゲーと言える。

ORAS環境のような雑にメガガルーラ使えば雑多なパーティを一掃できるとか、剣盾のようなダイマックスでクソ弱い技を強くしてビックリドッキリのようなことはできない。

きちんと丁寧にパーティを組まなければ確実に崩壊する。

 

勝利ガチ勢はこの環境を肯定するだろう。

勝利ガチ勢とは何だと言われれば、対戦過程を楽しむことに重きをおいて結果的な勝利を得ることより、勝利をすることそのものを目的とする人間で、そうでない人間を侮蔑する人間のことだ。

言い換えると、ヒソカに冷笑をする、嫌味なクロロといって差し支えない。

彼らは運に左右されにくい環境を好む。遊戯王で言えば魔導征竜時代、十二獣時代が好きそうだ。

しかし運ゲーでない環境というのは、言い換えれば弱者にはワンチャンがない状態だということだ。

 

先ほどパーティパワーが弱いと何もできない、といったが勝利ガチ勢力は、強者のパーティのコピペも躊躇なく行う。その結果どこかで見たことがあるようなパーティが春の富山湾ホタルイカのようにピッチピチすることとなる。

そしてそれらのパーティには基本的に弱いものは蹂躙されるしかない。

oh初心者さんオキニのポケモンをchooseカワイイネカワイイネと言われながらぼっこぼこにされるのだ。

対戦過程に重きを置く勢力、かくのが面倒なのでヒソカ勢と呼ぶが、ヒソカのプレイというのは基本的にびっくりどっきりであり、手品の種たる使用ポケモンは未知のものを使いたがる。

しかし対戦でめっちゃ強いと言えるポケモンというのはそうそう発見されるものではないし、そもそものポケモン自体が強くないことの方が大半だ。

言ってしまえば、自分からデバフをかけている、そういってよいだろう。

 

え、自分から弱いの使っておいて勝てなくてクソとかいってんのwwwと笑う人間は、クソ人間で、そういった人間を勝利ガチ勢と呼んでいることに気づいていただきたい。

今までの最終進化体だけで250近く(SVだけで)いるわけで、その250種のうちから選ぶのと、強いと言われるポケモン30種程度から選ぶのがどちらが真っ当なゲームの遊び方なのか考えてもらいたい。

 

何、型も考えれば30種じゃすまない?でもお前が使ってるポケモンの型、俺が知ってるのしかないんだけど。

 

さて対立煽りをしたので、不真面目な話に戻ろう。

現在のポケモンシングルの対戦環境を例えると、MTGのスタンダードにおけるイゼット天啓時代と等しい。

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こちらの動画(15分くらいから)で言われているが、「環境には4種類くらいのデッキが存在する」「その代わりその他有象無象が存在しない」「ガチデッキが全体でみてもそこそこの勝率しかないのは、ガチデッキ内だけでメタが回りガチデッキだけでまともな対戦になり、その他のデッキが姿を消してしまった」

というのが結論なのではないか。

さらに言うなら毎回同じ負けパターンをたどるというのも共通している。

 

構築ゲームというのは、「構築のうまさ」「プレイングのうまさ」「運」の要素で構築されている(他にあったら是非教えてください)

そして悲しいことだが、構築のうまさというのはリミテッド戦でもない限り、限界まで無視されてしまう。

なぜならその構築が上手い人のパッケージをそのまま使う方が自分で組むよりつよいからである。

勝利ガチ勢というのはこの辺に躊躇がない。強いものを強いまま何も考えずに擦ることに疑問すら抱かない。

そして私のような勝利までの過程を楽しむタイプは構築という点で勝利ガチ勢に大きく後れをとりやすい。

もちろんガチパを使う人間が全員勝利ガチ勢というわけではないのだが如何せん区別がつかない。

プレイングでは負けていないはずなのに構築のレベルそのものの差で負ける、それも相手は強いものをコピペしてるだけとなれば腹が立つに決まってる。

 

えーそんなの勘違いだよって?

 

今期、私はハイパーボール級からなかなか上がれなかった。30戦しても上がれなかった。

そして私はある実験をしてみた。

ポケモンHOMEに乗っている使用率上位のポケモンから6体を選び(組み合わせは一応考えた)、技をTOP4のものに、持ち物はトップのもの、テラスタルもトップのものを用いて、対戦してみた。

もし私のプレイングが下手なら、ガチパを使ったところで勝てない、そう思っていた。

 

その結果は、5連勝でマスターボール級に、その後4連勝したところで使用するのをやめ、とても悲しい気持ちでスイッチを片付けた。

 

まさかとおもいつつ、スーパーボール9で止まっていたシングルの方も組んで対戦した。

10戦以内にマスターに上がれた。私はものすごく悲しい気持ちでスイッチをスマッシュブラザーズしたくなった。

 

な?パーティパワーって偉大だろ?クソが。