新食魂島

王様は裸です、と叫びたい夜。

特に数学が得意でない人間が数学科を選んだ末路

教育学部というのは本当によい学部だ。

単位条件さえ満たせば、私のような社会不適合者でも学校の教壇に立ち子供を指導する権利を与えてくれる。

私の場合、教育学部という選択肢は間違ってなかった、そう信じたい。

いやだが、数学科という選択は間違いであったと言わざるを得ない。

 

論より証拠でまずはこれをご覧いただきたい。



 

なんだこの雑魚い点数は。

おそらく同期のセンター数学のスコアで最下位ではないだろうか。

 

これはこんなスコアで数学科という魔境を選んでしまった男の話である。

 

とはいえ、実のところ高校までの数学と大学での数学には大きな乖離があり、数値計算力がものをいう高校までのそれと、厳密さをとことんまでに追及したり、厳密なうえでのファジィを考える大学のそれはほぼほぼ別物だ。

理学部の数学科でなく教育学部の数学科なら数ⅡBまでの範囲で受けられるところもあるので、数Ⅲの履修はマストに近いが完全にマストではないのは心に留めておくといいことがあるかもしれない。

 

しかし数学科に入ることを選択するうえで数学が好きであることは必要だろう。そしてある程度数学ができることもマストだ。むしろこちらの方が重いかもしれない。

ある程度の能力がないと何が起きるかというと、何も起こらない。その理由は簡単、何もできないからだ。結果として留年退学においやられる。

 

数学には大きく、解析、代数、幾何の3ジャンルにわけることができ、解析の中に統計、確率論などがあるが、最低限の能力を持たないと、3ジャンルに存在する講義、5か6くらいだろうが、すべてに落単する。楽単ではない。

 

私も多くの講義に落ち、4年まで専門科目単位が足りない状況においやられた。もし私に全く能力がないのならあきらめがついたのかもしれない。転科するという選択肢を持産まれただろう。しかし私は中途半端にできなかった。特に幾何分野で大きな苦手を作り、解析では偶関数、奇関数の区別がつかず、なにより定義が覚えられなかった。

 

そしてとどめに3年後期よりの不眠症である。留年はしたくないというプレッシャーと眠れないことによる不摂生、授業に出られない恐怖、それらは私の精神を大いに破壊した。

 

とどのつまり、私は弱かった。ひのきの棒でバラモスを倒そうとしたおろかな勇者だった。

どういった人が数学科に向いているのだろうと、自問してみる。それはおそらく高校時代に自作の問題を作るタイプの人間なんだろうと。

私は与えられた箱庭で踊る孫悟空でしかなかった。いつ外の世界にでられるのだろうか

ハサミタルモ親和バーンをパイオニアでやってみよう:MTG

まずは本家を見てみよう

www.bigmagic.net

 

整理すると

①ベースが親和デッキ

②勝ち手段の補助にハサミ(アーティファクトの魂込め)

③親和とアーティファクト部分を共有する、感電波でバーン

④パワー不足を補うタルモゴイフ

でこのデッキは構成されている。

 

これをパイオニアの視点で見ると

A:親和なんぞない

B:タルモもない

というデッキの根幹たる親和部分が全部ぶっとんでしまっている。

そこで0マナのアーティファクトを並べることがメリットになる、こいつを採用。

2ターン目に3点クロックなので実質デルバー。

親和要素が薄い代わりにバーンカード(ボロスの魔除け、火遊び、批判家刺殺)

を増強。

タルモの代わりはこいつ。とにかくデカい。

この際デメリットには目をつむるべき。というかこいつを出す時点で手札を使い切るべき。ぶっちゃけ他にもいいクリーチャーいるだろと言われそうだが、お前のそのオススメクリーチャー3マナでパワー7あんの?ないなら黙ってろ。

 

・・・いや、領事府の弩級艦はズルだろ。

 

デッキレシピ

 

www.hareruyamtg.com

 

 

 

 

土地(17)

スランの門    4  聖なる鋳造所   1

産業の塔     4  蒸気孔      3

霊気拠点     3

感動的な眺望所  2

 

クリーチャー(18)

ボーマットの急使 3 羽ばたき飛行機械  4

ジンジャーブルート2 模範的な造り手   4

朽ちゆくレギザウルス4 蜥蜴丸      1

 

ソーサリー類(25)

アーティファクトの魂込め 4 爆片破   3

批判家刺殺        4 舞台照らし 2

火遊び          4 投げ飛ばし 2

ボロスの魔除け      4 航海士のコンパス2

 

ボーマットの急使は息切れ対策にピッタリのアグロ向けカードだが、あんまだぶついても邪魔+舞台照らしもあるからいいやろの3枚。補充できる枚数は2~3枚を想定。

ジンジャープルートは出して魂込めしてすぐ殴れるのが便利。アンブロも偉い。

爆片破を減らしたのは模範的な作り手との兼ね合い。大体とどめにドーンすることになると思うので、4枚でもいいんだけどどれを減らせばいいのやら。火遊び?

 

マナベースについて。どう考えても霊気拠点はおかしいという意見はわかる。そしてそれはただしいと思う。先ほど貼った晴れる屋のページ通りマナの合流点にすべきだ。

だが待ってほしい。こんなクソデッキのためにマナの合流点のような潰しが効きにくい使うデッキを選ぶカードに、3000×4の12000、いやそれ以上の金額を出せるだろうか、私は出したくない。つまりはそういうことだ。

蒸気孔なら使い潰しが利くのでモーマンタイだ。

もっともこのデッキなら尖塔断の運河でもよいのだが、もってな・・・小さなタップインの可能性を潰すためにも蒸気孔がいい。

 

スランの門だっておかしい、5色土地にしたってもっとましなものがあるだろ・・・いやねえな。パイオニアだとない。

一応スランの門について説明しよう。たぶん誰も知らんだろこんなの。

比較的緩いアンタップインの条件、出した時に1色を決めその色のマナが1点のコストを代償に出すことができる。というのがこのカードだ。

このデッキでは4枚目の土地を出すことはほぼないので無条件アンタップインと考えていい。リミテッドなら他の色にタッチする際結構便利なんじゃないだろうか。なんか強く見えてきたな、いや強いよこれ絶対値上がるって買うべきだよ(大嘘

またもう少しブラッシュアップしたら公開するつもりの門デッキでも、12枚目の門として、アンタップインできる門として大活躍だ。白日の下にの補助にもなる。

 さて11枚の5色土地を採用してなお、色マナには不安が残る。霊気拠点は1度きりだし、スランの門はレギザウルスを出したくても、最序盤の土地情勢次第では黒を宣言することができないこともある。

そこで航海士のコンパスの出番である。

3点ゲインというこのデッキの激しいライフ出費を賄うありがたい効果もついたうえで、色マナの安定にも一役買ってくれる。3点ゲインじゃなくて1枚ドローだったら・・・

・・・・・・アーカムの天測儀は死んだんだ、もう帰ってこないんだ、そもそもパイオニアリーガルじゃない。

こいつが要らなくなったら魂込め、爆片破のタネにしてしまおう。

 

 

さてソリティアで回した感想だが、大体5キルができる、ブン回れば4キルも可能なはず。とはいえアグロデッキのソリティアではマナカーブ通りカードをメンコできるかの確認でしかないのでその点はご留意いただきたい。

2ターン目魂込め5点、3ターン目もう1個に魂込め10点、4ターン目に殴り+爆片破とかできると最高ですね!

魂込め+ボロスの魔除けで10点パンチ、蜥蜴丸換装したレギザウルスで14点パンチ、とにかくパワーでメンコするのがジャスティス、接死が多くてもガンガン仕掛けるべきだろう。止まったら死だ。均衡状態が保てるのならバーンカードの手数で押し切れるかもしれない。

どこまでいったところで実戦で試したわけではないのでもし参考にする人がいたら、その点はね?

この世の終わりみてえなMTG体験会

皆さん、こんにちは。本日は、当カードゲーム初心者体験会にご参加いただき誠にありがとうございます。

世の中には様々な趣味がございます。

外に出る活動としましては、野山でキャンプ、美術館巡り、ツーリング、グルメなど。

家の中、という活動においては、盆栽、ボードゲームアクアリウム、将棋など。

ええ、本当に様々あるものでございます。

その中で皆さまがお選びになられました、このトレーディングカードゲームという遊び。

社会的カーストはギャンブル、風俗通いといったような錚々たる趣味と並び立つ、世界三大恥趣味の一つでもあります。

そのようなゲームをプレイする人間ときたら、それはもうすさまじい人間に相違ありません。

風呂に入るのがレベルの高い行為だと声高に叫び、ゲーム開始の宣言と共に威嚇音を鳴らし、社会のルールは何一つ守らないくせにゲームのルールは少しでも相違があれば鬼の首を取ったがごとく叫びまわります。もちろんマナーを守るなどもってのほかです。

 

おそらく皆さまもそのような素養があるのやもしれません、つまり我々の同類です。我々は来る者拒まず去る者追わず、あなた方のようなクズの到来を心よりお待ち申し上げておりました。

 

お待ちいただく間、当店をショーケースを眺めていたと思いますが、どうお感じに?

ふむ、一枚3000円なんて誰が買うんだ、圧倒的暴利じゃないかと。

とんでもないことでございます。その程度の値段のカードでしたら、カードゲーマーの皆様は喜んで買っていかれます。

このゲームのデッキに入れられるカードの枚数は四枚まで、その上限×3000で12000円程度、社会人なら缶ジュースを買うようなものでございます。

金銭感覚などという常識にとらわれているようではだめなのでございます。

いえ、あなたがそうおっしゃられる理由はわかります、たかが紙切れ1枚に3000円も出せるかと。カードゲームをやらない人というのはバカなのでものの価値がわからないのでございます。その3000円でいかに楽しい体験ができるかがわかっていないのです。

私事ですが、カードショップで「こんな高いの誰が買うんだ?」というよくわからない男の横で店員を呼び、そのカードを購入することを告げた時のその男の驚嘆した表情を見た時、私、とてつもないエクスタシーに身を焦がされたのです。

実に快感でした。

(その後そのカードを三枚そろえた私は3カ月後の制限改定で制限化、カード価格も3分の1に下落し絶望させられたのは別の話ですがね)

 

さて、クズの皆様、早速MTG体験会を始めさせていただきます。

まずはゲームの流れを説明いたします。

MTGにおいては、ターンはいくつかのフェイズに分けられ、その中でさらにステップで分類されます。

いくつか例に出すと、カードを引くステップ、カードを出すステップ、戦闘をするステップなどのおよそ想像しうる範囲のものもあれば、カードの能力処理があればそこで行うだけのステップ、ターンを終了させるためのステップのような感覚的でないステップがございます。

これらの事を正確に覚える必要などない、大体把握していればよいなどという世迷言を言う比較的良心的なカードゲーマーがいるかもしれません。

残念ながら、先ほども申した通り、ちょっとしたルールミスにガチギレするヤバイ奴が平然と存在するのがカードゲームでございます。そのような危険人物との不要なトラブル、いえそのような人物と少しでも関わってしまった時点でビッグトラブルではございますが、傷口を最小限で抑えるためにしっかりとルールを把握しましょう。

 

またフェイズの移行宣言ははっきりとしましょう。ボイスレコーダーで録音しながらのプレイを推奨します。言ったのにいってないとごねられるのを防ぐためですね。

 

別ゲーではございますが、フェイズ移行の宣言をしていない、する意志もないのにも関わらず、優先権を放棄しますか?という問いに、はいと答えてしまったがために、それ即ちフェイズの終了宣言なのだから戦闘フェイズは終了しているとごね散らかされたプレイヤーの話を聞いたことがございます。

 

次はカードの使用できるタイミングですが、見ればわかりますね次行きます。

 

戦闘について、ご説明いたします。

まずは戦闘開始ステップ、戦闘を開始することを宣言するだけの意味のないステップと見せかけ、戦闘前にクリーチャーを攻撃されたくないクリーチャーをタップさせるなどの姑息な作業をすることができます。このステップは特に重要で、例えばこのステップではなくメインフェイズ終了時にクリーチャーをタップして攻撃を防ぐという処理をした場合、優先権の都合上相手にメインフェイズを継続されてしまうのです。

なので、メインフェイズを継続されたくなければ、必ずこのステップに処理しましょう。

後のフェイズはやるが早し、早速カードをお渡しいたしますのでそちらで遊んでみましょう。


・・・

・・・・・・

 

さて、いかがだったでしょう。遊んでみた感想は?

なるほど、この白青のコントロールデッキが気に入ったと。とても陰キャらしくてよいと思います、そこの貴方は?

そうですか青黒ミッドレンジが。このカラーを好む人は子どもが大嫌いで大人げない陰キャが多いようですね。ちなみに白青は真面目系に思えるけど成績はよくない、スポーツもだめないわゆる無キャなようです。

ほう、そちらの方は白赤アグロが気に入ったと、ホモはせっかち。それで実際にデッキを組むなら白赤で組みたい、ほう。

では僭越ながらこの私がデッキ選びのコツをお教えいたしましょう。

まず皆さん、このゲームで勝ちたいでしょうか?

ああ大体全員手をあげてますね、そうですねゲームをするうえでは勝ちたい、その気持ちは察するに余りあるものでございます。

 

では次の質問です。あなたはどういった相手、人間に勝ちたいですか?

そこの方は、なるほど一緒にいらした方に勝ちたいと。なるほど。

そこの方は?ふむ質問の意図が解せないと。

要は大会などで遭遇する不特定多数相手か、よく見知った特定人物相手か?ということですね。

ん・・・どうやら多くの方が大会などにでて勝ちたいと思われているようで。

 

ありがとうございます、では皆さんが使うべきデッキをご紹介いたします。

それはtier1と呼ばれるデッキ群のいずれか、でございます。

tier1というのは言ってしまえばそのルールの中で最強クラスのデッキということです。

これさえこすっていればそれ以外のデッキには負けることは限りなく少なくすることができますし、プレイングの上手いプレイヤーにもデッキパワーの暴力で運が良ければ勝ててしまえます。

 

このゲームにおいて、デッキパワーというのは最強でございます。

数多くのカードゲームが奥深い戦術、となど謳っておりますがそんなものはまやかしにすぎません。

多くの場合デッキパワーの多寡が勝敗を決めるといって差し支えありません。

カードゲームの勝敗を左右するものがプレイングなどと抜かす、自分がやっているゲームはとても高尚なものだと思い込みたいナルシストの意見など無視しましょう。下賤な人間がやってるものはどうあがいても下賤です。

 

カードゲームの勝敗はデッキセレクトの時点で7割は決まってます。

残りの2割がtier1デッキ内の相性による運、1割がプレイングといったところでしょう。プレイングではゲームの勝敗をほとんど覆すことはできないでしょう、このような微小なものを鍛えるのならば、審判を買収したほうが早いです。

 

オリジナルデッキが組みたい?なるほど、それで勝てたら最高じゃないか、と。

素晴らしい。パチパチ その美しい精神が穢れていくのを我々は最高の嗜好品としております。どうか気高くあっていただきたく存じます。

もちろん当店ではそのような方向けのカードも販売しております。どんなクソカードでも取り扱いしておりますのでどうぞ我々の良い養分であってほしいところでございます。

 

そちらの方は友人と遊ぶだけだからそんなに強くなくてもと?

「ご友人、気が付いたらあなたに無断でtier1デッキこすりだしますよ」ボソッ

「ええ、人間というのは変わらずにはいられないのです、勝ちたい勝ちたいという情念が、少しづつ精神をゆがめていくのです。ほらあなただって勝ちたいでしょう?」ボソッ

 

さて、そろそろ散会といたしましょう。あ、そうそうtier1デッキというのは日々うつろうものでございます。常にアップデートされているので、カードがご入用の時はぜひ当店を。毎月25日はポイント二倍でございます。通販も行っておりますので・・・

 

皆様のまたのご来店を心よりお待ちしてます。

シャカパチ論争と鈍麻化する感覚

ツイッターでは定期的にシャカパチ論争が巻き起こる。

否定派は「普通に怖い、威圧的」「気が散る」「キモイ」「キモイやつがキモイことしててキモイ」といい

肯定派は盤外戦術、いやこれが普通だから、嫌なら注意すればいいのに注意してこない、否定するやつは言えないからってツイッターでいう卑怯者、という。

 

この論争に関する私の意見は、お察しの通り否定派であり、肯定している奴はいわゆる世間一般で想像されるカードゲームオタクだと思っている。

いや、確かにカードゲーマーというのはオタクの中でもクソな部類ではある、しかしシャカパチ肯定派というのはその中でもエリートオタクとでもいうべき存在だろう。

おそらくこの手のオタクは、自分が良ければよい、という思想をしていて人間としては犯罪を犯さないだけマシというレベルではあるのだがそのことに対して悪口を言っていると本題に入れないのでこの辺にしておく。

 

まずカードゲーマーになるにはカードゲームを始めることが必要となる。

その時出会うのは、試合開始の宣言と共に、セミが如くシャカパチを始め音を鳴らす異様な集団のはずだ。いっそセミのようにくたばってくれて構わないのだが、彼らはセミではなくゴキブリなのでなかなか消えてくれない上に異常者が異常者と群れている地獄絵図を繰り広げている。

しかし人間には適応力がある。いつしかその異常さに慣れ、異常者の仲間入りをするのである。そして異常者になれなかった奴がカードゲームを辞めていく。

つまり、シャカパチ怖い→まあいいか→俺もするーの三連コンボである。

異常者でいることに慣れてしまった異常者はもはや世俗の良識など投げ捨てる。もともとそういう素養があるやつがやるのがカードゲームなのだから、エリートオタクなど面白いように量産されてしまう。

そういった異常者にならないカードゲーマーも存在はする。しかし少数だ。そういった人間が、シャカパチ否定派としてツイッターなどで意見をするのだが。いかんせん少数派となってしまう。なぜかと言えば単純な話でシャカパチ多数の環境に適応できないものはそもそもカードゲームを辞めてしまうからだ。

 

異常な奴らが多数だから、シャカパチは常識面をしているが、客観的に見た時におかしいのはシャカパチをする側である。

多数だから正しい、というのはある種民主主義的だ、間違っていようが数の暴力で押しつぶせる、私は一般民衆の政治的主張は聞く必要がないとも思うことがある。彼らは愚かで思考するという能力が劣っているからだ・・・

などと突き詰めていくと最終的に共産主義あたりに行きつくのだから、共産主義は民主主義への絶望とでもいえるのだろう。

だからあまり過激な方向に走るのはよくないのだが、このシャカパチ案件はどうしても否定するのが正しいというのを通したくもなる。

 

ではなぜ彼らは最初持っていたであろうシャカパチへの抵抗感をなくしていったのだろうか。

一つは適応、もう一つはコミュニティに属す上での通過儀礼であると考える。

適応については前述したので、コミュニティに属す上での通過儀礼ということを感がえよう。

 

コミュニティに属すためには、そのコミュニティの郷に入りて従う必要がある。コミュニティというのは安定を謀るためのものだから、それに反するものは排除しようとする動きが働く。そしてコミュニティに属し安定を得ると、自身もそれに反するものを排除する側に回る。次第に思考をしない、コミュニティに合わせようとしなくても、安定するようになる。つまり思考停止のフェイズだ。

ここまでいくと、周りの声など耳に入らない、自分の考えはコミュニティ全体の考えでそれに反するのなら排除するだけだ。

そしてイオンのようにある程度の安定を得たコミュニティはそれ以上の拡張のために無理をしなくなる。

考え方があうものだけを取り込んでそれ以外は排除だ。

 

私のツイッターに、ぷよぷよ通のアーケード対戦会を受け持っていた人がいるが、その人が新規の人が入りにくい原因について考えていた。私は、この完成したコミュニティの排他性を説明した。彼はそれに納得していたが、要はなかよしコミュニティ内で話してるところには、そのコミュニティに属してる人が新規を受け入れようとしない限り入り込めないのだから、常連の人には新規さんにじゃんじゃん話しかけてやればよいということだ。

 

結局のところ、間違った認識のコミュニティが、間違った認識のまま肥大化し、その間違いを認識できない状態になっているのがシャカパチ肯定派という人たちだ。

中村幸也氏ではないが、思考停止状態になっている。

残念ながら私はそういったオタクがマジで嫌いなので、たぶんカードゲームでも安定したコミュニティには属せないのだろう。それでもいいやとも思う。良識派カードゲーマーツイッターでつながってるしそれでいいと。

なぜ自分はTCGを始めたのか、続けているのか

少年時代、私のカードゲームは、ご存じ遊戯王OCGだった。

始めたきっかけは、小5の時友人たちに誘われたからだ。お前に友人がいたのか、というしょうもない問いはスルーしておく。

少年の私というのはいかにも冷めていて、チョコ菓子はチョコ菓子でもどちらかといえばビターなテイストをしていただろう。習い事のせいで水曜7時のアニメは見れず、周りが言うワンピースとやらは全然わからなかった。この水曜日の呪いというのは別の記事になってしまうのだがいつかはぶっちゃけたい。

さて、カードを買う際、私は母に許可を求めた。自由な小遣いというのはほぼほぼ存在しないのだから仕方がなかった。母は言う。

 

「ダメ。」

「やめたら紙切れ」

「どうせお前はすぐやめる」

その解答は実を言えば想像がついていた。私の母は、子供がどう思うかという基準を持ち合わせておらず、自分の基準だけが全ての人間だ。

私は、ねるねるねるねも買ってもらったことはない。曰く健康に悪いからだそうだ。

私は、何とか戦隊の魚肉ソーセージを買ってもらったことはない。もう言うまでもないだろう。

 

・・・この話もいつかぶっちゃけてしまいたい。

もちろん30有をすぎた今でもカードゲームを続ける私に、「早くやめてくれ」と懇願する母が今ここにある。やめません。

 

しかし、私は友人たちと買いに行くと約束してしまった。引くに引けないのでどうにか、と頼み込むと1パックだけ買うことを許可してくれた。

 

友人たちと近くのコンビニに駆け込み、遊戯王OCGVol.5のパックを入念に選ぶ。

20分ほどかかってようやく買う。

初めて買ったパックからは特に何も出なかった。ただ轟きの大海蛇という割とどうしようもない融合体がでたのだけは覚えている。

 

さて、この時の体験は私にとってアドレナリンがあふれ出る、有体に言えばひどくエキサイティングな経験だった。

そんなエキサイティングな経験を、わずか10歳の小童が我慢できるだろうか。

いやない。私はパックを買いあさった。

初めて出てスーパーレアは水魔神スーガだった。これは確かガキ大将達と遊んだ時、最下位がレアカードを出すというルールで、自分が負けそうになったガキ大将が突如ルールを変更したせいで敗残者となった私が半泣きになりながら差し出し奪われたはずだ。

今度彼にあったらそのことをなじってみようと思う、別に仲は悪くないので。

初めて出たウルトラレアは心変わり。これも割とシャークトレードされたような気がする。

 

あれ、俺カードゲームにロクな思いでないな。

 

そうしてカードを買ううちに金が尽き、家の金に手を出すようになる。ばれる。怒られる。さらに隠れてやる。

数年前、部屋のクローゼットを整理したところ、当時の空パックが発掘された。ばれたくなくて放り込んでたらしい。

 

中学生になり、親も辞めさせるのは諦めたらしい。とても仲の良かったが受験期私の持つ自閉スペクトラム傾向が悪い方向に出てしまい仲たがいをすることになった、今でも近所に住んでいる友人と毎日のように遊びふけり、チャリで20分の所にあったスーパー内のゲーム屋に足を運びカードを買っていた。

 

そして高校生になる。現在最寄りのカードショップの店長が言うには市内にもカードショップがあったらしいのだが、当時の私は知らなかったし、おそらく通うこともなかっただろう。クラスでなぜか流行し、友人と遊んでいた高1の時点ではシングル買いという概念は存在していなかった。私がそれを知るのは高3になってからだ。

 

といっても当時の私の小遣いは5000円。学校に通う約20日のジュース代が大体2000円、それに塾の後の軽食で1000円、後は漫画かパック買いに使うのが常だったので、シングル買いする余裕などなかった。

 

サイバードラゴンが2000円で売られているのを見て、うへーとなった。このサイバードラゴンというカードは、あの当時のデュエリストの3枚所持は必須とまで言われたカードだ。デュエリストパックヘルカイザー編にサイバードラゴンが収録されると知ったときはその月の漫画代を全てパック代に費やしてしまった。

オリパが売られているのにも驚いた。ここに終焉の王デミスが大量に有ったので買いそろえてデミスドーザーなど組んだものだ。さらにかなり傷が深かったがアルティメットレアの混沌の黒魔導師が出てきて「うわ禁止だwww」となった。

 

2005年あたりというのはカオス全盛期~禁止化~エアゴーズと言われるデッキの隆盛を含むが、この時期にはネットもだいぶ整備され、情報が手軽に得られるようになった。

よく覗いていたサイトではデッキ診断にオリジナルデッキを持っていくと、それは弱、これがスタンダードと言わんばかりにテンプレレシピを持ってくる奴がいた。なんだこいつはと思った。それぞれの経済的余裕を顧みず(大体レシピに乗っているカードを見れば経済事情など透けて見えるし、コンセプト全否定のつまらないやつもいた)クソ野郎だ、と思っていた私はいかにも高校生らしい考えの持ち主と思える。

そう高校生の私はやはり金がなかった。

・・・なかったはずなのだが今より満ち足りているような気がするのはきっと気のせいじゃないはずだ。

ともかく、長期休暇は学校の補習があったしその隙をみてバイトをしてはいたのだがやはりないものはないのだ。

この金銭的な充実のなさに関しては、実のところ楽しんでいた、いるとも思える。

へうげもの宗匠がおっしゃるのです、贅を尽くしてもてなすのではなく、心をもってもてなすのだと。

こと、今私がしているTCGであるマジックザギャザリングにおいては顕著だ。遊戯王のように使いまわしのきく手札誘発のような汎用枠は、土地に置き換えることができる。

土地はある程度しっかり一度揃えてしまえば使いまわしがきく。

・・・その土地の値段も1枚2000円を超えるのが普通でゲロを吐きそうになるが。

しかし、カードの時代ごとに区切られているレギュレーションの中では使いまわせないものや、黎明期の混沌を孕んだ各種パワーカードは万を超える非常に高額なものとなってしまっている。

私のような半ニートにはそのようなカードは一年間欲しいもの何もかも我慢してようやく手に入れられるかもしれないものだ。

 

単純にデッキを組むこと、自分のアイデアを形にすることはとても楽しい。多分私にはその中に金銭面と向き合う楽しみが含まれているのだろう。

私は今でもそうだが別に大会にでるわけではない。自分でデッキを組んで仮想敵をイメージしながら回してうまくいくかどうかを考えてニヤニヤするのが好きだ。

その根底には昔の楽しかった、時にはひどい目にあってはいるが、その記憶があるからこそ、私の楽しいことを続けていたいのだと思う。

私の選ぶスピッツアルバム20選③

EX:花鳥風月

+についてもここで。

スルメ曲がいっぱい。ライブでも人気の俺のすべても収録。暴れる田村アキヒロ、不動の三輪テツヤ。逆やろ見た目的に。

+の方にはインディーズ時代の曲が二曲収録。

ピカピカ光る愉快な顔の模様が浮かんだボールが、ぽたぽた産まれ落ちては心の窓ガラス叩いてる←すき

ただこれを、スピッツです!聞いてね!とオススメする勇気はないw大体の曲がマニアックだ。

 

ハヤブサ(ここまででまだ2000年ってマジ?)

なんだこのジャケット。

スピッツのアルバムの中でもロック色が一番強く出てる気がする。キーボードや打ち込みが最小限でギターサウンドがぎゅんぎゅんしてる。

甘い手は、歌いにくいようで音のアップダウンが少なく単に音がずっと高くてきついだけなのでなんだかんだで歌えちゃう。というか多少かすれるくらいが味があっていいと思う。(言い訳)

8823はスピッツファンならみんな車のナンバーにしているはず。あ、曲はライブでも人気のナンバーです。君を自由にも不幸にもできるのは宇宙で自分だけっていいよね。

スピッツのロックテイストを味わうのならマズハコレ。

 

⑩三日月ロック

三日月ロックという曲はこのアルバムには入っていません。三日月ロックその3は別のアルバムに収録されてます。その1とその2は伝説の生き物です。

湿っぽさでいえばこっちのほうがフェイクファーより湿ってる気がする。1曲目にどこか鬱蒼とした夜を駆けるから入るせいか。

エスカルゴのディストーション感好き。

ラスト旅の途中からけもの道の流れ、最and高。旅の途中というタイトルは自伝的な本のタイトルにもなっていたような気がする。

けもの道の歌詞に「東京の日の出すごい綺麗だな」とありますが、ライブ地によっては東京の部分を変えて歌ってくれるぞ!

 

EX2:色々衣

一曲目からスターゲイザーかましてくる。夢追い虫は30代にはいろいろぶっ刺さりそうな映画「platonic sex」の主題歌。

どれもキャッチ―なようでどこかつかめない、雲みたいな曲だらけ。

ところで魚になれない魚ってなんなんでしょうねえ。

 

⑪スーベニア

これも春の歌最初でかましてくるんだよなぁ。で二曲目でもかましてくるんだよなぁ。

上の色々衣と違ってわかりやすい、ねじれてない素直な音楽になってると思う。

ワタリで、愛されるような道化になった、でも掟を破って黒い海を渡る・・・いいねえ!

エグすぎるスライダー撃ち返したり、名もない変化球を意地でも撃ち返そうとしてるよー

ほのほは最初聞いた時なんか変な曲だと思いました(小並感

 

続く。

人格は顔に出る?

タイトルの通り、人格は顔に出るか否かという話だ。

 

私はこれに対しては、yes.顔に出ると思っている。

人格に難を抱えてそうな人間の顔は醜悪だと思っている。

ここでいう醜悪というのは単に、イケメンだブサメンだ、美女だそうじゃない、という次元の話ではない。

どんなに不細工な人間でも笑った表情が魅力的だったり、そもそも愛嬌を感じさせられたりするものだし、逆にどんなにイケメンでも表情のどこかに卑しさを感じたりすると醜いと感じたりもするものだ。

具体的に言うと前者はアン〇ールズの田中で、後者は河野玄〇だ。

後者の側は、笑った顔に何か不愉快さを覚える、なにか見下されているような感じがする。

もちろんこれは私のイケメンに対するやっかみかもしれないが、少なくとも私の彼に対する印象はすこぶる悪い。

 

じゃあお前の顔はどうなんだ、と言われる・・・言われるだろうか。言われることにして、自分の顔というのは判断が付きかねるもので、嘘つきかと言われれば部分的にそう、心根はどうかと言われれば卑しさを否定したいようでできないようで、つまりよくわからん。年頃の若い人間には受けないが、動物や老人には大人気だ。自分のこととなるとよく思いたい心理がどうしてもバイアスとしてかかってしまう。

占い師が占い師自身を占わないのはこういう理由なのかもしれない。多分ね。

というか部分的にそう、という言葉を使うとアキネーターになった気分だ。

 

この話で一番嫌なのは心根の卑しい顔をした人間が、美しい部類の顔をしている時だ。大体の人はポジティブな反応を示すのに自分だけネガると場から総スカンをくらう。

イケメン無罪というのはこういうことかとわからせさせられる。

・・・あそれ俺のことか(謎の自画自賛

とはいえ私の価値観というのは大体が歪つで、しゃべり声を聞いただけで「こいつバカそうだな」などと判断するものだから、こういうところは改めたほうがいいんだよな。変えないけど。