新食魂島

王様は裸です、と叫びたい夜。

私の選ぶスピッツアルバム20選③

EX:花鳥風月

+についてもここで。

スルメ曲がいっぱい。ライブでも人気の俺のすべても収録。暴れる田村アキヒロ、不動の三輪テツヤ。逆やろ見た目的に。

+の方にはインディーズ時代の曲が二曲収録。

ピカピカ光る愉快な顔の模様が浮かんだボールが、ぽたぽた産まれ落ちては心の窓ガラス叩いてる←すき

ただこれを、スピッツです!聞いてね!とオススメする勇気はないw大体の曲がマニアックだ。

 

ハヤブサ(ここまででまだ2000年ってマジ?)

なんだこのジャケット。

スピッツのアルバムの中でもロック色が一番強く出てる気がする。キーボードや打ち込みが最小限でギターサウンドがぎゅんぎゅんしてる。

甘い手は、歌いにくいようで音のアップダウンが少なく単に音がずっと高くてきついだけなのでなんだかんだで歌えちゃう。というか多少かすれるくらいが味があっていいと思う。(言い訳)

8823はスピッツファンならみんな車のナンバーにしているはず。あ、曲はライブでも人気のナンバーです。君を自由にも不幸にもできるのは宇宙で自分だけっていいよね。

スピッツのロックテイストを味わうのならマズハコレ。

 

⑩三日月ロック

三日月ロックという曲はこのアルバムには入っていません。三日月ロックその3は別のアルバムに収録されてます。その1とその2は伝説の生き物です。

湿っぽさでいえばこっちのほうがフェイクファーより湿ってる気がする。1曲目にどこか鬱蒼とした夜を駆けるから入るせいか。

エスカルゴのディストーション感好き。

ラスト旅の途中からけもの道の流れ、最and高。旅の途中というタイトルは自伝的な本のタイトルにもなっていたような気がする。

けもの道の歌詞に「東京の日の出すごい綺麗だな」とありますが、ライブ地によっては東京の部分を変えて歌ってくれるぞ!

 

EX2:色々衣

一曲目からスターゲイザーかましてくる。夢追い虫は30代にはいろいろぶっ刺さりそうな映画「platonic sex」の主題歌。

どれもキャッチ―なようでどこかつかめない、雲みたいな曲だらけ。

ところで魚になれない魚ってなんなんでしょうねえ。

 

⑪スーベニア

これも春の歌最初でかましてくるんだよなぁ。で二曲目でもかましてくるんだよなぁ。

上の色々衣と違ってわかりやすい、ねじれてない素直な音楽になってると思う。

ワタリで、愛されるような道化になった、でも掟を破って黒い海を渡る・・・いいねえ!

エグすぎるスライダー撃ち返したり、名もない変化球を意地でも撃ち返そうとしてるよー

ほのほは最初聞いた時なんか変な曲だと思いました(小並感

 

続く。

人格は顔に出る?

タイトルの通り、人格は顔に出るか否かという話だ。

 

私はこれに対しては、yes.顔に出ると思っている。

人格に難を抱えてそうな人間の顔は醜悪だと思っている。

ここでいう醜悪というのは単に、イケメンだブサメンだ、美女だそうじゃない、という次元の話ではない。

どんなに不細工な人間でも笑った表情が魅力的だったり、そもそも愛嬌を感じさせられたりするものだし、逆にどんなにイケメンでも表情のどこかに卑しさを感じたりすると醜いと感じたりもするものだ。

具体的に言うと前者はアン〇ールズの田中で、後者は河野玄〇だ。

後者の側は、笑った顔に何か不愉快さを覚える、なにか見下されているような感じがする。

もちろんこれは私のイケメンに対するやっかみかもしれないが、少なくとも私の彼に対する印象はすこぶる悪い。

 

じゃあお前の顔はどうなんだ、と言われる・・・言われるだろうか。言われることにして、自分の顔というのは判断が付きかねるもので、嘘つきかと言われれば部分的にそう、心根はどうかと言われれば卑しさを否定したいようでできないようで、つまりよくわからん。年頃の若い人間には受けないが、動物や老人には大人気だ。自分のこととなるとよく思いたい心理がどうしてもバイアスとしてかかってしまう。

占い師が占い師自身を占わないのはこういう理由なのかもしれない。多分ね。

というか部分的にそう、という言葉を使うとアキネーターになった気分だ。

 

この話で一番嫌なのは心根の卑しい顔をした人間が、美しい部類の顔をしている時だ。大体の人はポジティブな反応を示すのに自分だけネガると場から総スカンをくらう。

イケメン無罪というのはこういうことかとわからせさせられる。

・・・あそれ俺のことか(謎の自画自賛

とはいえ私の価値観というのは大体が歪つで、しゃべり声を聞いただけで「こいつバカそうだな」などと判断するものだから、こういうところは改めたほうがいいんだよな。変えないけど。

理解ある彼くんはいるか?

今年の5月、自分の生きにくさにはなにか原因があるのではないのかと思い受けたIQテストで、自分に発達障害が、ただしくはADHDと判定されるボーダーに限りなく近い数値ではあるのだが、とにかくそういう気があることが判明した。

 

私は発達障害です、というとなんとなくふっと胸のつかえがとれた気分になる。

自分自身にそれを示す行動や事実が山のようにあることも自覚している。

周りからは変な人間と扱われ、理解されず理解できず、そういった寂寥感から少しだけだが解放される。

私には、発達障害の人の描いた漫画によくある「理解のある彼くん」に相応する理解のある彼女はいない。

実際のところそういった漫画を作った女性がその彼くんと破局しているというのはよく聞く話で、原因はわからないが作者側の女性の要求や考えについていけなかった、というのが想像しうる妥当な筋だろう。

 

そういった意味で、理解のある彼くんとは存在しないものと捉えることができる。

発達障害を持つ人間に理解のある、というのは、すなわち障害の特性をよく理解したうえで、それを受け入れること、となるのだが・・・

 

まず発達障害というものの発症は圧倒的に男の方がしやすい、ということを踏まえ、男女の立場の違いを考えてみよう。

男性が女性のパートナーに求めるものの中に経済力という能力は、あまり求められない。傲慢な言い方をすれば、男性には女性は庇護するもの、あるいは支配するものであることを求めがちで、最悪アクセサリー扱いをすることもある(多分)

逆に女性は男性に経済力を求める、強い雄であることを求める。

つまり発達障害を持つ男性は基本的に弱者になりがちで、それは女性が求めるものではない。

結局、発達障害の女性は自分を庇護したいと思う男性がいれば理解があるかは別として、女性として求められることができる。大して男の発達障害は誰も必要としない、ひたすら弱者で理解のある彼女などというものはできるはずもないのだ。

そう考えると、理解のある彼くんに憤るのは発達障害の男と、経済力の乏しい男なのだと推測できる。要するに余裕がない人間達ということだ。

 

さて理解ある彼くんはいるかという話をしよう。

 

ほしい。どうしようもなくほしい。

俺がいいといってくれる人がほしい。

多分私がコンビニでもバイトしようものなら、片づけるべきものを片付け忘れたり、仕事中にぼーっとしてしまうことで周りとの軋轢が生じるのは目に見えてる。

ふざけてんのかやる気あんのか、と言われてもこちらもわざとやってるわけじゃないんだ、健常な人間が普通にやれば普通にできることができなくても怒らないでほしいと思うのが傲慢だというのなら、それをいうお前の方が傲慢だと言い返してやりたい。

チーム競技なら足を引っ張る部員がいてもおかしくないが、チームなんだから助けてくれよ、ハブるなんてひどいじゃないか。

それでもそういうところで上手く折り合いをつけてくれる人がいるだけで我々は救われるのだと思う。

理解ある彼くんが1000万人いる世界なら私だってもっと生きやすい。理解ある彼くんなんていないよ、と笑うのなら、自分がその理解ある彼くんになろうとする努力をしてくれよこっちからはなんもできないんだから。

レガシーのデッキを安く組むために:MTG

MTGにおけるレガシーというフォーマットは、MTGの始まりから現代にいたるまでの全カードのうち、いくつか強すぎる(またはカードゲームの概念から外れる)カードを禁止にしているが、ほぼほぼすべてのカードが使用することができるレギュレーションだ。

おいおい禁止カードかよ、と思われるかもしれないが、禁止カードを作ることをせず代わりに1枚制限にすることでバランスをとっているヴィンテージとごちゃまぜにされてしまう。それによって引き起こされるのは異様なデッキ価格の高騰だ。

通常、MTGにおけるスタンダードレギュレーションで、デッキを組むには5万程度あれば十分とされている。もちろん安く組もうとすれば安く組めるのだが、まあ5万もあれば大体のデッキは出来上がる。

いやこの時点で大分おかしいだろと思われるかもしれないが、カードゲーマーは無惨様も唾を吐きかける異常者どもの集まりなのでこんなことは気にしない。

スタンダードに次ぐパイオニア、モダンではおおよそ7万円、15万程度あれば十分に強いデッキを組むことができる。

 

ところがレガシー、ヴィンテージではそうはいかない。20万でデッキ完成させてというとしよう、レガシーでは格安デッキしか組めないよと言われ、ヴィンテージでは1枚のカードを購入することができませんぞと鼻で笑われる。

そこにはたかが紙切れ1枚に平然と10万円、ポンっと払うぜなどとぬかす、金持ちなのかバカなのか、おそらくは金持ちのバカがそこにいるだろう。

 

率直に言って頭おかしいのだが、しかしこれはどうも、狂気の沙汰ほど面白いのもまた事実。そうレガシーというフォーマットは面白いのだ。ちなみにヴィンテージはぶっ壊れすぎてもはやわけがわからないものだ。そのうちやってみたいとは思っているが。

 

さて、レガシーというフォーマットにおける超高額カードの代表例を紹介しよう。

それはデュアルランドと呼ばれるカード群で、なんと日本語名のカードが存在しない。

MTGのカードで日本語版が発売されたのは1996年、第4版とミラージュというカードパックから(間にアライアンスが入るがこれは日本語版がない)なのだが、デュアルランドはこれより前の第3版、リバイスドエディションまでのセットが最後の収録となっているからだ。

 

MTGにおいて、一つの土地から二色の色を出せる、というのは基本的にデメリットがある。出したターンにはタップされていて使えなかったり、ライフを払わないと出したターンに使えなかったり、ライフを払わないと色をだせない、など・・・・

デュアルランドにはそういったものがない。何のデメリットもない、それだけでこれらのカードは頂点にいられるのだ。

そしてそのお値段は、一番安いPlateauの状態の悪いもので3万円、人気のvolcanic islandで10万円、もちろん状態の悪いものだ。

・・・

・・・・・・

さてこのゲームにおいて土地は「ケチろうと思えばいくらでもケチれる」ものだ。最悪基本土地と呼ばれるパックを買えば必ずついてくるものだけで構成しても何ら問題はない。たとえば白のカードを出したいけど白いマナがでる平地がなくて、カードを出せない、という事態もあるかもしれないが、基本的には本当に問題ない。

このゲームでは土地は「ソシャゲのガチャ限定キャラ」のようなものだ。あれば快適に遊べる。ただそれだけのものだ。

 

ただそれだけのものだからこそ、3万なんて出したくないのよ、なくても死なないのよ。

レガシーを格安で組むにはこのデュアルランドを使わないという暴挙をいかに正当化するかがキモになる。

回避方法は3つ、基本土地であることがメリットに働くカード、例えばもなにも「血染めの月」と「基本に帰れ」しかないのだが、これを採用すること。

2つ目は死者の原野を使う都合上、土地の名前を散らす目的をつくること。

3つ目は最初に言った基本土地だけで本当に問題ないデッキ、いわゆる単色デッキを組むことだ。

 

だがまだ問題はある。レガシー、ヴィンテージでは青がひどく支配的だ。パワー9のカードでアーティファクトでないものは全て青のカードであることからもいろいろ察してほしい。

問題の原因に、使うカードが青いことのメリットに、意志の力というカードの存在することが大きい。

このカードは超シンプルな効果、相手の呪文を1つ打ち消す、だ。ちなみに打ち消すだけでいいなら50円のカードでも可能だ。

意志の力の強み、それはマナを支払うかわりに手札の青のカードを捨て1点ライフを払うだけでよくなる、コストの差し替え能力だ。ちなみにマナを支払う代わりにカードを捨てることをピッチコストという。

意志の力は先ほど挙げたアライアンス初出のカードで、何回か再録されているため日本語名が付いている。それで値段も落ち着いている、1万はするが・・・

レガシーで強いデッキを組もうとするとどうしてもこの青という色を使うことが多くなる。レガシーは意志の力4枚を集めるところからという意見もある。

 

このカードを使用しないためには、そもそも青という色を使用しない、もしくは使用するとしてもこのカードの強さである、ピッチコストが必要という部分を、そもそもの枚数が少なくてピッチコストがないという事態が頻発してしまうために採用しないという言い訳を成り立たせる必要がある。

まあいつでも入れるスペースがあるわけじゃないと言い訳すればいいだろう。

 

カードゲーマー、というかオタクという生き物はどこかよくわからないところで真面目だ。レガシーをやるにはデュアルランド必須、意志の力必須だと思い込んでいる。

実際はなくてもどうにでもなるだろうし、そもそもどうにかするのがデッキビルディングの一番楽しいところだ。

レガシーだけでなくスタンダードでもそういった思い込みは捨てるべきだろう。

カードゲームは楽しい時間を送るためのものだ、金がないから楽しめないと思うよりまずはやってみたほうが楽しいと思う。

レガシーはMTGの歴史(失敗も含めて)そのものだ。その歴史を自分で体感できないのはもったいない、私はそう思う。

クロロVSヒソカに見るスパイク、ジョニー、ティミー

祝!ハンターハンター連載再開

 

もちろんこんなブログを覗くような人は100%心待ちにしていただろう。

主人公のゴン君がでなくなってから幾星霜、そんなことはお構いなしにとオタク共は冨樫の動かす辺の先に注目している。

 

さて、そんなことをいいつつ今回の主題。曰くクロロVSヒソカにみるカードゲームにおける主張についてだ。

まずはクロロVSヒソカの試合を整理すると。

 

①クロロは事前に100%勝てるよう準備をしていた

 

自分陣営のコルトピ、シャルナークのギャラリーフェイク、ブラックボイス、爆破能力のサンアンドムーン、人形(ギャラリーフェイクで作成)操作能力のオーダースタンプ、自分と他人の見た目を入れ替えるコンバートハンズを事前準備。

スキルハンターならではのチート。

 

②クロロにとってはゲーム、ヒソカにとっては殺し合い

 

ゲーム、だからこそスタイルが大事(好き)というクロロは、ヒソカを倒すためのカードを説明する。そして100%自分が勝つと宣言する。が、負けて死んでも何も思わないのではないか。

対するヒソカは、勝ちにはこだわれ、といい、自分のカードを見せびらかすようなことはしない。やはり100%自分が勝つと思っているだろう。

 

③戦闘、というよりクロロの切るカードに対してヒソカが正着をたどれば勝ち、間違えれば死、というものになる。

 

一面的にみると、勝負というものにこだわっているのはヒソカに思える。可能な限り手札を伏せ、勝ちにこだわる姿勢をみせているので、そういった印象をうける。

カードゲームの分類で言うとスパイクだ。

一方のクロロは自分の手札は晒す、所詮遊びだと言い切る。

これはジョニーといえる。勝負そのものより勝負の駆け引きを楽しんでいるように見える。

 

しかし実際のところはスパイクがクロロで、ジョニーがヒソカなのが面白い。

クロロは負けないための準備を十二分にしていて、カードをさらすのも100%自分が勝てるという確証がある上でのただのお遊びでしかなく、ただし100%勝てるようにしている姿勢は実にスパイクである。

 

一方のヒソカはめちゃくちゃ勝ちにはこだわっているが、その裏にはクロロとの戦闘に勝利することよりも勝負そのものを楽しんでいる心がある。

 

つまりジョニーという人間は、スパイクの人間が思っているより勝ちにこだわっている。スパイクとの違いは勝利することそのものを喜びとするか、勝利までの過程を喜びとするかの違いにすぎない。

さらにいうなら、スパイクの人間は、ジョニーが思っているより戦いを楽しんでいるともいえる。

 

よくあるジョニースパイク論争が平行線の罵りあいになりがちなのは、この点の理解をお互いにしていないからではないだろうか。

ジョニーはスパイクのことを、勝てればなんでもいい勝利至上主義だと思っているし、スパイクはジョニーのことを、勝ち以外に価値を見出す敗北主義だと思っている。

 

ある意味、これは当たっているのだが、それはお互いの氷山の一角にすぎず、実は大きな部分を共有しあっているのだ。

ぶっちゃけてしまえば、お互いが思っているほど相手も変な奴じゃねーよということだ。

サッカーにモヤる気持ち

私の考える、日本人のファンの中で、一番しょうもないやつがおおいランキング第2位がサッカーだ、ちなみに1位はバレー、何がそーれ()だよ。

 

ハロウィンに渋谷に現れるような奴らが見てる、そうに決まってる。

 

などという決めつけはおいておこう。サッカーという競技にはマリーシアという考えがある。言ってしまえばズル賢いプレーなのだが、例えば時間稼ぎに足がつったフリをする、相手選手のユニフォームを審判に見えないようひっぱる、などのかわいらしいものから、ネイマールダイブのようなものまで、多種多様な、捉えようには卑怯ともとれるプレイをする考えだ。

 

これらは、笛を吹かれなければせいぜい相手から文句を言われる程度のものだ、つまりやり得である。

だが待ってほしい。笛を吹かれなければとは言うが、それならば何をしてもいいのかと言えるし、見ている側から白い目で見られてもいいのか、という問いも生まれる。

そして人間というものは自分が正当だと思っていることはとことん正当化しがちだ。しかしそれをし続けた先に待つのはくそったれ野郎になってしまうという未来だけだ。

 

そもそもその行為は審判をだますという、他の競技では見られない審判への冒涜的行為だ。そして審判の買収という話を一番聞くのもサッカーだ。

何だこのスポーツ、やっぱ球蹴りはダメだな。

ボーラス式スタイリッシュマグダめくり(パイオニア):MTG

shokutamalog.hateblo.jp

この記事は上の記事の続きです。

・・・

・・・・・・ダメだよ上の記事のデッキ弱すぎるよ!(知ってた)

 

まず第一にこのデッキは土地カードをできるだけ減らしたいのだ。なのに3色というマナ負担はゲロすぎる。

第二に、俺はなぜこいつを失念してたんだろうな、といいたくもなる

サクるクリーチャーが必要になるとはいえ、黒では珍しく占術を持ったこの変態。

はい、前持ってたんだけど売ってしまいました。

こいつを使う以上、サクり元のクリーチャーが必要で、それを出すからにはライフドレインができるカードがほしい。

 

第三に、異界の進化が高い。・・・嘘です、マグダの宝物5つサクる能力が全く使う機会がないことだ。

使わないのならそれはそれでいいのだが、こいつの場合は使った方がお得+宝箱かできる分には城塞素だしのチャンスができるのでなるべく生かしたい。しかし、1つか2つ出せるカードを使っても大して利益が・・・・

いいじゃん。

マグダがいる状態なら2-9で20と同じ城塞出しができるし、10-19は城塞を持っていない状態ならありがたい。

1?ださなきゃいいんだよリスキーダイスと同じや。

 

さて。

結論的には、土地の枚数を大きく減らすために緑を削り赤黒に、ゼンディカーの裏面土地のスペルの採用をすることで、23枚の土地を16枚(裏面土地で+4)にまで削減した。

悲哀の徘徊者と相性のいい、鋸刃蠍の採用、忌々しいと評判の大釜の使い魔もいれて、サクリ台を確保した。

 

デッキレシピはこうなる。

 

土地(16)

1ターン目に黒、2ターン目に赤を出したいが、別に出なくてもいい、バネ葉の太鼓でマナベースは多少解決する。

黒12赤10くらいを目指せばいいと思います。私は金をけちりました

 

山2

沼5

龍髑髏の山頂3

赤黒小道2(荒廃踏みの小道、灼熱踏みの小道)

赤黒シャドウランド4(凶兆の廃墟)

 

・・・ショックランドどこー(持ってない)、山頂4枚目どこー(ほんまどこいったんだ)

 

呪文(44)

大釜の使い魔4

鋸刃蠍4

厚顔の無法者、マグダ4

悲哀の徘徊者4

アスフォデルの灰色商人4

 

対称な対応4

永遠の若さ1

ゴンティの策謀2

マラキールのぬかるみ2(裏面土地)

ヴァラクートの覚醒2(裏面土地)

 

バネ葉の太鼓4

伝説の秘宝2

宝箱4

ボーラスの城塞4

 

このデッキは、なんとしてもボーラスの城塞を合法、ないしイリーガルに場に出すことからはじまり、その後は自分が死なないことを祈りつつ城塞で坊主めくりをします。

たまに相手が死ぬ前に自分がボブ死をする、悲哀の徘徊者がいないorサクリ元がいない状態でトップ土地で死ぬことがありますが、城塞を出せればほぼ勝ちです。

そもそも必勝の坊主めくりなんてないんですから死ぬときは死にましょう。

 

永遠の若さはフィニッシャーです、悲哀の徘徊者によるサクリで墓地に十分なクリーチャーがいるのなら、撃つ、または対称な対応で積みこんで発動、クリーチャーだけを大量に戻してチュッチュッしましょう。

伝説の秘宝は太鼓の追加です。自分でも1マナ起こせるので最悪出しておいても困りません。

 

このデッキを回すうえで、マリガンの基準は決めておきましょう。

 

太鼓+マグダ+城塞がなければマリガン(これはやりすぎ)

太鼓+マグダがなければマリガン(このくらいがいい)

アスフォデルの灰色商人が手札に2枚ちゃろー><はマリガン(帰ってくれ)

リスクはバカ高いが、対称な対応で一応手札を調えられるならキープ(コンボ決まる前に死んだらドンマイだけど、それくらい割り切って使おう)

ダブルマリガンの後も、手札は悪いがトリプルマリガンはもっときつい、序盤しのげるのならとりあえずキープ

 

のようにね。

 

なんか変なもん髪にあるけど、こいつハゲ扱いでいいですよね。

みなさん、マグダはハゲです。