新食魂島

王様は裸です、と叫びたい夜。

ポエットな食魂おじさん


禁忌

むしゃくしゃする。この名状しがたい感情を抱えてほかの人はどうしているのだろうか
深夜の街をドライブしながら考えていた。結論などなんとかしているのだろうとしか出せない
この問題だが考えずにはいられない。自分でもなんとかせねばならぬのだ。
ああ、どうして人に対してあのようなことがいえるのか、腹立たしい。
人付き合いというのは友人だけでなく、自分より目上のものにも発生するし、立場が下のものに
対しても、要するに誰に対してでも発生するものだが、どのような場合も己の我だけを通すわけには
いかない。
どこかしらで自身を妥協し相手に協調せねばならない。我々はひどく面倒なこの関係から
逃れることはできぬ。
煩わしく思えども、そうせねば生きられぬ。しかしながら、面倒なものは面倒なのだというのもまた事実である。

ああ、こんなことを考えても意味はないのだ、イライラする。アクセルを強く踏み車を加速させる。
エンジンがうなり声をあげる。私もこのように叫びたい。
カラオケにでも行こうか、そう思ったがやめた。疲れているのも事実なのだ。
車をコンビニにとめ飲み物を買う。酒、といいたいが運転しなくてはならない。
炭酸飲料を買い少しでも気分の上昇を願う。
無駄だった。溜息はとまらず体に力は入らない。
どうしてこの国は酒を飲みながら運転できぬのだ、多少アルコールが入っても
誤差ではないか、などとわけのわからない主張の一つでもしたくなるが
そんなことをすれば警察のお世話になることに、余計面倒ではないか。
ああこの世は煩わしい。われわれ人間が裸で野山を駆け巡れば犯罪である。
しかし心くらいはそうありたいものだ。
考えてみれば世の中にあふれる罪というのは、自らの良心を無視、自分に被害が
起こらないということを前提にするならひどく甘い誘惑であると思う。
犯せばろくなことにならないのは確かだが、なんとも言えない甘美さだ。
働かなくても無銭飲食をすれば腹は満たされ、そもそも自分のしたいことをしたいように
できるのだ、これがつまらないわけがない。

なんてな、と独り言ちる。誰もがルールを守るからこの世界は平和なのだし、
そういう世界に産まれた人間が罪を犯すのは良心に痛み、また他人に害を及ぼす
ことに抵抗がないなどという人は少ないだろう。
・・・待てよ、他人に害が出ないなら、自分の中ですべて解決する問題なら禁忌を
犯してもいいのではないだろうか。
禁忌の味は甘美だ。普段己で律している行為をあえて破ればそれはある種の解放行為
ではないだろうか。世の中にチョイ悪という言葉があるのだ、ちょっとなら許されるのでは
・・・得体のしれない愉快な感情が腹の底から上がってきた。
同時に軽い空腹も感じてきた。
もはや止めるものなどない、すぐに車に乗り込みエンジンをかけ車を走らせる。

ものの5分程度で近くのファミリーレストランに到着する。深夜のファミレスの駐車場には
従業員の物と思しき車が止まっていたが他に客のいる気配はない。
いいぞいいぞと心の中でほくそえみながら店に入りぐるりと店内を見まわす。
予想通りだれもいない。
そうしているうちに店員が現れ席に案内される。
頼むものは決めているが一応メニューに目を通す。あった、ここはチョコレートパフェか。
そう、頼もうとしていたのはパフェである。
ここで私が犯す禁忌は2つ、1つは甘いものを深夜に食べるということ。
もう1つは、パフェを頼むという行為そのものである。
子供のころ両親に連れられてこのようなファミリーレストランに来た時、両親はこういうのだ
パフェ?そんなものは贅沢だ。と。食事をしに来たのだからご飯を食べなさいと。
両親は吝嗇というわけではない。がパフェのようなサイドメニューを頼むことは決して許さなかった。
ジュースすらこいった場所では頼まない家庭だったし、事実小さい頃はメインのご飯を食べきるのに
精いっぱいで、食べているうちにパフェのことなど考えられなくなっていた。
成長し一人で外食ができるようになっても、自ずからそういった類のものは注文することはなかった。
それが自分の中で当たり前だったのだ。心のどこかで一度でいいから頼んでみたいという願望を持ち合わせている
子供の自分と、金の無駄だよと考える大人の自分がいるのだ。
普段の大人というのは大人でなければならない。皆そう自分を律しているし、己でもそうするべきだと思う。
しかし今日自分の奥底の願望を解き放ち、ひどく原始的な欲求を満たすのだ。

パフェを頼み待っていると、自分の中でさらなる欲求がうごめいているのがわかった。
一つ罪を犯した心は軽くなっていた。もうちょっと罪を犯しても大丈夫だろうと
感じる心があった。
いやいやそれは、と頭を振りつつその欲求はさらに大きく心の中で膨らんでいきそして、
はじけた。
店員を呼び追加注文をする。

数分後テーブルにはパフェとポテトが並んでいた。煌びやかな空間だった。
あまいとしょっぱい、この二つの黄金の組み合わせ、なんという大罪か。
想定外にポテトの量が多かったが気にしないことにした。
今の胃袋は宇宙である。呑み込めないものなどない。
普段なら写真を撮りSNSに掲載するところだが、しなかった。この罪は誰にも渡したくなかった。
さっそくパフェにかぶりつく。チョコアイスとクリームの甘い味が口いっぱいに広がる。
まさに口福、さらに一口、もう一口・・・とまらなくなりそうだ。
捨てられない大人の部分が本能を押しとめる。
本能を解放させるだけでは真に満足はできない。
理性すら満足させて初めて真に満足なのだ。。
私はポテトに手を伸ばし、ケチャップをつけほおばる。
口にホクホクとした感触、あげたての熱、ケチャップと塩の味を堪能する。
ほどよくかんだところで即座にパフェを口に入れる。
あまいとしょっぱい、それらが混然一体となり口の中の銀河を彩る。
もはやだれも止められない、理性と本能すら混然としてくる。
衝動のままくらい、時に打算しくらう。

ポテトのケチャップにマヨネーズをいれ渦を作った。
ただそれだけの行為が楽しかった。
胃袋は赤きサイクロン、すべてを飲み込み粉砕するのだ。

ポテトにパフェをつけ食べる。おそらく人前でやったら嫌がられるかもしれない行為だ。
客のいない深夜のファミレスでよかった。自然と笑みが浮かぶ。
楽しい。罪の味は最高だ。
自分の中で罪を犯し、自分を赦す。心の中のいら立ちは吹き飛び幸福感が私を支配しているのを感じた。
そのまま身をゆだねていたい、そう思った。