とても寒い年の瀬、12月31日16時ごろ、僕は彼女の家の前を通り過ぎる。
彼女の家はリビングから外が見えるので、僕に気づいた彼女が大慌てで僕を呼び止める。
あわてて冬の装いに着替え僕の元へきた彼女はこう言うのだ。
会いたかった、と。
僕はうれしいと返し、僕らは出掛ける。いつもの見慣れた道は、雪で白く覆われ、まるでダイヤのように夕日に照らされていた。
歩き出した僕らの歩調はなかなかに合わない。歩幅も、性別も、違うのだから当たり前だ。だけど僕らの心は一つだ。
次第に、互いの呼吸が整いダンスを踊るようにぴったりと歩き出す。僕らはいつもそうだ。
他愛のない話をする。僕は聞きに徹する。彼女は耳が悪い。しかしおしゃべりをするのは大好きなのだ。そんな彼女を邪魔するような野暮なことはしたくない。
うちのお父さんったら。妹に厄年だって言われた。
そんなことを彼女は話す。彼女はよく家族の話をする。そしてその話をしている彼女はとても多幸感にあふれている。幸せのお裾分け、かなと思いながら僕らは歩く。
ふいに僕は立ち止まる。そして黒革の手袋を外し、大地に落ちたものを拾う。そんな僕をみた彼女は、あなたの手はきれいね、という。
なんだ苦労をしてない人だとでもいうのか、などと平素の僕なら思ってしまうだろう。しかし僕にはわかっている、彼女がそんな意味を込めていったのではない、純粋にそう思ったことを口にしただけだと。
だから僕は笑ってありがとう、と応えるのだ。
次第に会話がすくなっていき、心地よい沈黙の時間が訪れる。時折通り過ぎる車の音がよく聞こえる。
そして別れの時が来る。彼女が名残惜しそうにこちらを見ている。頭に置いた彼女の手が離れる。
送ろうか、と僕が言う。
大丈夫、と彼女が言う。
そう、と僕は答え別れた。そして一人ごちながら帰路につくのであった。
以上が、年末、うちのかわいいワンワンのお散歩ルートにある、うちのワンワンが大好きで新聞にうちのワンワンについて投書してくれた50歳年上女性との、うちのワンワンと一緒の散歩の話でした。